【第3章】 間違って入ったIT企業でエンジニアになる。

高校でのもっとも衝撃的なできごとは「パソコン」との出会いです。
今の時代では小学校からでも当たり前ですが、当時ではとても衝撃でした。

授業で言語プログラムの実習授業があると夢中になりました。

その授業の中でプログラムを作るという課題があると、
ほぼ一番か二番で課題を完了させたくらいのめり込みました。

プログラムを作って、それが思った通りに動くと、とても気持ちいいんです!
この体験から、漠然とIT系の仕事に対する興味が湧きました。

元々ゲーマーだったので、パソコンに対する情熱はマジで熱かったぁ。
当時数十万もするような○ECのパソコンを
頑張ってバイトをして購入しました。

貧乏のくせになに買ってんだと思いますよね?

その通りなんですよね^^;
今考えても無理をしたし、親にも相当無理をさせたと思います。

バイトの経験で実感した人と話すことへの抵抗感

選んだバイトはガソリンスタンド。
これも「家から近いから」という理由だけ。(マジでちゃんと考えろよ!)

暑い日も寒い日も雨の日だって当たり前のように屋外の仕事。
寒い日は冷たい凍るような冷たいタオルで窓を拭き、
暑い日は汗だくになりながら、洗車機を通した車の拭き上げをしてました。

ここでもイヤだったのが接客。
車が入ってきたら、大きい声で
「いらっしゃいませ〜」
「オーライ、オーライ」
「OKで〜す!」
「レギュラーですか?ハイオクですか?」
「満タンでよろしいですか?」
「〇〇〇〇円になります」
「ありがとうございました!」

ルーティンで同じ言葉を繰り返し、初対面の人と会話をする。

その中でももっともイヤだったのが、
水抜き剤の販売やオイル交換サービス、洗車サービスなどの「販売」。

断られると相手がイヤがることをしたと思ってしまい、「 一番やりたくない」ことでした。

そんなイヤでもやらないとお金を手にする事ができず、お金を手にする事で本当にほしいものを手に入れられる。
高校時代でそれを実感することができたのは、「貴重な経験」でした。
(ちなみにバイトは禁止の高校でしたが)

バブル時代の選び放題の就職先

部活とバイトに明け暮れましたが、高校3年生にもなると本気で就職先を考え始めます。

当時バブル全盛(はじけた直後かな)だったので、工業高校にも求人がよりどりみどり。

一人当たり20件以上もあるので、選び放題。
(80人に対して2000件程度、学科共通のものをあったのでもっとかな)

当時これからは「ITの時代」という雰囲気があり、 私もプログラムにのめり込むほどだったので、
IT系に進みたいと思っていました。

私が高校進学で選んだ学科は「機械科」。
中学時代に機械の使い方を学んだ方がいいいというアドバイスがあったので素直に選択。

機械科なので、求人は当然自動車関係ばかり。
しかも○ヨタのお膝元なので、有名グループ会社も多数ありました。
今思えばもったいない会社もたくさんありました。

そんな求人の中で見慣れた会社名を冠した企業を見つけたのです。

「ここにしよう!」

どんな会社か調べもせずに他の候補も特になく、就職試験を受けることに。

そして、就職試験の面接でやらかす・・・

当時は「終身雇用」と考えるのが一般的な時代。
つまり就職とは自分が骨をうずめるくらいの覚悟で選ぶ必要がありました。

「もっと考えたほうがいいんじゃないの?」
「本当にやりたいことはないの?」
「どんな会社か確認したの?」

進路指導の先生や、親からこんなことを言われました。

まだ反抗期の私は、
「ここがいいと思ったからいいんだ!」

人生の大きな分岐点を直感だけでよく考えずに決められたものです・・・。

そして、人生初の就職試験に望みます。

就職試験は、簡単な「筆記試験」と「面接」。

筆記については、特に問題視してませんでした。
私にとって高いハードルなのは、「面接」です。

ガチガチに緊張した面接。
事前に想定質問と回答を考えてのぞみました。

「当社への志望動機を教えてください。」
「はい!これからの時代はIT業界が伸びると考え、御社のようにIT業界で活躍されている企業で、
社会の役に立つ仕事をしたいと考えたからです。」

「では、当社でどういった仕事をしたいと思っていますか?」
「はい!幼い頃からモノを作ったりするのが好きで、プログラムを作ることも好きなので、モノづくりをする仕事をしたいと考えています!」

かなり元気に答えました。
すると面接官の顔が曇るのです。。。

「あれっ?なにかおかしなこと言ったかな?」心の奥底で不安が広がりました。

「当社はモノづくりをしていないのですが、それでも入社を希望されますか?」

「え〜!?」声にならない言葉。。。

しばらくの静寂のあとに口から飛び出した言葉に驚きます。
「はい!もちろんです!」

「マジか・・・。」
仕事の内容をわかってなかったこともですが、
就職試験を受ける相手の会社の事業内容を確認しないなんて失礼なことはないですよね。

正直、「落ちたな」と思っていました。

ところがです。

届いた通知には「内定」とあるじゃないですか!
いやぁ驚きました。

こんな失礼なバカを採用してくれる器の大きい会社でした。
実際に6000人を超える大企業なのでデカイ会社です。

「なんで受かったんだろ」
いまだに謎です。笑

その企業の事業内容は、とある有名メーカーのメンテナンス(いわゆる修理ですね)をしているとのこと。

やりたいこととは違いましたが、「営業じゃないならいいかな」と思えたのと、
IT企業には違いないというのが就職の決め手になりました。(決め手が浅はか)
就職活動を続けるのもめんどくさいと思った方が大きかったかもしれません。笑

そして、いよいよ会社勤めが始まります。

入社直後から東京に集められ、新人研修を受けることに。
半年間の新人研修を経て、地方の都市に配属。

18歳で実家を出て、初の一人暮らし。
期待と不安の中でエンジニアとして仕事を始めたのです。

第4章へ続く。